福岡高等裁判所 昭和35年(ラ)153号 決定 1960年7月06日
抗告人 志垣吉蔵 外一名
訴訟代理人 本田義男
主文
一、原決定を取り消す。
二、(一)熊本市河原町二番地 坂田悟
(二)同市大江町九品寺二八五番地 星子祐国
(三)同市妙体寺町六六番地(浜崎嘉平承継人) 浜崎嘉次
(四)右同所(浜崎嘉平承継人兼浜崎嘉次の親権者母) 浜崎キミエ
右(一)(二)と(三)(四)の被承継人浜崎嘉平は、本件不動産競売事件について、別紙目録記載の不動産に対し最高価金一〇八万円の競買申出をなしたので、右(一)(二)及び浜崎嘉平の承継人である(三)(四)に競落を許可する。各不動産の持分はいずれも(一)(二)は三分の一、(三)は九分の二、(四)は九分の一である。
理由
一、抗告人らは、原決定は不当であるからこれを取り消し更に相当の裁判を求めると主張する。
二、記録によれば、昭和三三年八月一五日午前一〇時開始の競売期日において、主文二の(一)(二)及び浜崎嘉平の三名は共同して(持分平等)別紙目録表示の不動産に対し最高価金一〇八万円の競買申出をなし、所定の保証金を執行吏に預けたのであるが、その後執行の方法に関する異議の申立があつたため、当初の競落期日は変更され、右異議申立事件の決定に対する抗告審の決定が、昭和三五年四月六日確定したので、原裁判所は競落期日を同年六月一日午前一〇時に指定したところ、その間、昭和三四年一一月八日浜崎嘉平は死亡し、その妻浜崎キミエ(主文二の(四))、長男浜崎嘉次(主文二の(三))が亡嘉平の相続人として同人を相続し、当然競売手続上の承継人となつたのであるが、昭和三五年五月二三日右承継人両名は、亡嘉平の相続人である自分らはその権利を放棄する旨記載した上申書を原裁判所に提出したこと。そのためか、原審は右嘉平ないし嘉次、キミエを除外し、坂田悟、星子祐国の両名のみに対して本件不動産の競落を許す決定を言い渡したことの各事実が認められる。
ところで、最高価競買申出人が競落期日前に死亡したときは、相続放棄などの事情がないかぎり、裁判所は当然その相続人に対し競落を許すべきであり、最高価競買人自身はもちろんその相続人は、最高価競買人たるの権利(正確に言えば権利義務ある最高価競買人たるの地位)を一方的に放棄することは許されないものと解すべきである。これを私法上の売買と対比すれば、最高価競買の申出(競売法第三一条には競買申込とあり、民訴第六五六条第二項には買受く可き旨を申立てとある)は、買受の申込であり、競落不許の原因がないかぎり、裁判所は(不動産の所有者にかわつて)競落期日において競落許可決定という形式で、競買申込に対する承諾を与えるのである。最高価競買人が競落人たるの地位に転移するか否かは、一つに法律の規定に従つてなす裁判所の競落許否の決定に依存し、これを外にしてその地位の放棄を認める規定もまたこれを認める実質的理由も存しない。最高価競買人たる地位の放棄というのは、代金を支払うことによつて競買不動産を取得しうべき地位と競買保証金とを放棄することであるから、これを認めても差支がないではないかという疑問が一応起らないともかぎらないが、かりに放棄を許すと見た場合、民訴第六九四条第四項によつて同人が預けた競買保証金を競売代金に算入することができないのは自明でありその他右競買保証金をいかに処置するかについて、なんらの規定がないし、この規定がないということは、すなわち放棄を許さない法意と解すべきである。しかも、当然競落許可決定を言い渡さるべき最高価競買人(同人が当然競落不許可決定を言い渡さるべきときは、その地位の放棄を認める必要も利益もない。)において、有効にその地位を放棄しうるものとすれば、自然競落人たるべき地位を免れる結果、更に競売に付することとなつて、競売手続は遅延し、競売を妨害する手段に利用され再度の競売の場合において、競落人であれば喪失するはずの競買保証金の返還請求権を失わず、かつ右の再度の競落代価が最初の競落代価より低いときの不足額及び手続の費用負担の義務を免れ、競売手続上の債権者及び債務者の利益を害する結果を肯定することになるのである。このように見てくると、最高価競買人の地位の放棄は許されないと解するの外はない。
したがつて、浜崎嘉次、浜崎キミエのなした前示権利放棄は無効であるから、主文表示の四名に対し、主文記載のとおり競落を許すべきで、原審が坂田悟、星子祐国の両名に対し競落を許したのは後記のとおり違法である。けだし、本件不動産について、右両名と浜崎嘉平の三名が共同して最高価競買の申込をなした以上(準共有持分の割合は各三分の一である)、三名共同してのみ売買契約を取り結ぶ資格を有し、浜崎嘉平(その相続人を含む)を除外して、前示両名だけでは本件不動産の全部はもとより、その一部を取得しうる資格を有しないのである(原決定に依れば、両名の持分は二分の一となり、この点からも原決定は違法である。わが不動産競売法では最高価競買人たる地位の全部ないし一部の譲渡は、許されないので、浜崎嘉平またはその相続人において、本件不動産の準共有持分の一部を前示両名に譲渡したとしても、それが競売手続外における実体法上の効果を有するや否やは格別競売手続上これを無視すべきである)。すなわち原決定は、民訴第六七二条第二号に違反して競落を許した違法があるので取消を免れない。
よつて、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鹿島重夫 裁判官 秦亘 裁判官 山本茂)
(別紙目録は省略する。)